神山のまちづくりを支えた岩丸潔さん

「ソノリテとつながる人々」。今回は神山の”お父さん”として、多くの若者たちに慕われている岩丸潔(いわまる・きよし)さんをご紹介します。
神山町との出会い
徳島県名西郡神山町——四国の右上に位置する徳島県は、四国の中でも比較的印象が薄いかもしれません。実際、私も13年前にトム・ヴィンセントに連れて行ってもらうまで、まったくご縁のなかった地域でした。
トムとともに初めて神山町を訪れたのは2012年1月。当時、「四国にIT企業がサテライトオフィスを出している」といったニュースが、「ワールドビジネスサテライト(テレビ東京)」などで取り上げられ始めた時期です。徳島空港から30分ほどは国道バイパスを走り、その後、信号のない山道へ。川と並行して進む道には、懐かしい棚田の風景が広がります。さらに30分ほど走ると長いトンネルが現れ、それを抜けると、神山町にたどり着きます。
当時、人口は5000人弱。高齢化が進む山あいの町でしたが、県知事の施策によって光ファイバーが整備され、ネット環境は抜群。それが神山の大きな特徴となっていました。
岩丸家とのご縁のはじまり
20年以上にわたってまちづくり活動に取り組んでいたNPO法人グリーンバレーの大南理事長(当時)に迎えられ、トムと一緒に移住者の受け入れやサテライトオフィスの拠点づくりを見せていただきました。その翌月、「ソノリテでもサテライトオフィスを出せないか」と検討するために1週間ほど滞在したいと相談したところ、大南さんが岩丸さんを紹介してくださいました。
以来13年、私は岩丸家の「次女」として、神山に通い続けています。(ちなみに長女は京都芸大の山下里加さん、そして“本物”の長女・千秋さんもいらっしゃいます)
岩丸さんは、大南さんとともにグリーンバレーの活動を始めたメンバーのおひとりです。家業は「岩丸百貨店」。もとは衣料品だけでなく、呉服屋さんとして礼装や花嫁衣裳まで幅広く扱われていたそうで、林業が盛んだった神山町では、当時たいへん繁盛していたと聞きます。
岩丸さんのお子さんたちは結婚して徳島市内に移り住まれ、また奥様を病気で亡くされたことから、岩丸家は、学生や神山塾生のためのホームステイの場として開放されるようになりました。私も一室を「礼子部屋」にしていただき、いつ訪れても「お帰り」と迎えてもらえる、実家のような存在です。
掘りごたつは交流の場
「昼の大南、夜の岩丸」と言われるほど、神山を訪れた多くの人たちは、岩丸家の掘りごたつでの夕食とおもてなしを経験します。単に部屋を提供するだけでなく、若者たちの後見人のような存在として、話に耳を傾け、「この人と会わせたほうがいいな」「部屋や仕事を探している」「ただ話を聞いてもらってほっとしたい」など、それぞれに応じたサポートをされています。
ソノリテでスタッフが足りないときには、滞在中の若者を紹介してくれたこともありました。徳田太郎さんと共に開催した「ふるさとトーク まちづくり戦略会議」では、阿川のかかしづくりの一歩の会、桜会のみなさんなど、移住者だけでなく地元の方々ともつないでくださり、快くご協力をいただくことができました。神山での仕事がスムーズに進められているのは、岩丸さんのおかげです。
まちづくりのバトン
グリーンバレー初代理事の岩丸さんは、今年の総会で役員を退任されました。数年前に退任された大南さんと同様、グリーンバレーは今、世代交代の時期を迎えています。
お父さんたちの時代は、「手弁当でできる人ができることをする」「地域の●●さんとのつながりで協力をお願いする」「役場とは協力関係にあるけれど、頼りすぎず、あくまで自分たちの力で進める」といった、まちづくりのパイオニア的精神にあふれていました。今では理事も職員も若返り、指定管理業務の受託に加え、自主事業にも取り組み、さまざまなスキルを持った人たちが集まる体制へと進化しています。
岩丸さんは言います。「これからは若い人たちが責任もってやってくれるから、わしらは引き時や。アーティスト・イン・レジデンスの展示があれば、ボランティアで当番に入るくらいやな。」
岩丸さんが元気なうちに、しっかりとバトンを渡すことの大切さを、あらためて実感しています。
上角商店街から新しいにぎわいを
神山に通い続けて13年。町の景色も少しずつ変わってきました。ソノリテのサテライトオフィスがある上角商店街で、人が行き交うきっかけを作ろうと、岩丸娘たちと相談し、「いわまるしぇ」を開催することにしました。
お店を開放し、神山で手づくり品を作っている方や、まるしぇに出品してみたい方が集まれる「みんなのお店」を目指しています。古本屋をやってみたいという高校生も協力してくれます。
ただモノを買いに来るだけでなく、岩丸さんと話すことで情報を得られたり、移住者にとっての心の拠り所になったり、また、あゆハウスや高専の寮で暮らす学生たちにとっても、安心できる居場所になっていくといいな、ゆっくりですが未来へ向けた活動がまたはじまっています。


