トム・ヴィンセントさんに聞く、オンライン募金システム「BOKINChan」ができたときのこと。

2023年、ソノリテは設立13周年、神山サテライトオフィス開設11周年を迎えます。

4月には、設立時のメインサービス「BOKINChan」を発展させるかたちで開発した、新たな支援者管理ソリューション「ぼきんとん(bokintone)をリリースし、Webサイトをリニューアルしました。

この新しいサービスの開発は、「ソノリテが提供できる、提供したい価値は何か?」をあらためて考えるプロセスでもありました。スタッフや役員だけでなく、株主や出資者、開発パートナーなど、ソノリテに関わる方たちからもアンケートを通じて言葉をいただきながら、つむいだコンセプトが「やさしいほうの世界へ」です。

「やさしいほうの世界をつくる人たち」では、「BOKINChan」や「ぼきんとん」の開発に関わった人たち、「BOKINChan」を使う人たちへを紹介。ソノリテが目指す「やさしいほうの世界」の輪郭を描いてみたいと思います。

第一回は「BOKINChan」誕生に関わり、神山サテライトオフィス設立のきっかけをくれた、トム・ヴィンセントさんにインタビュー。当時を一緒に振り返ります。(構成・執筆:杉本恭子)

トム・ヴィンセント(Tom Vincent)

1967年イギリス生まれ。株式会社トノループネットワークス代表取締役。ドキュメンタリー映画制作会社株式会社Evolution、取締役
ロンドン芸術大学のカレッジ、Central Saint Martins(Art and Design)、カリフォルニア大学を卒業。1998年、インターネットプロジェクト「センソリウム」に参加し、西村佳哲氏らに出会う。株式会社イメージソースの役員兼クリエイティブディレクターを経て、2009年に株式会社トノループネットワークスを設立。現在は、築240年の旧近江商人宅を本拠地とし、企業や政府、自治体のコンセプト戦略づくりから、ブランディング、プロモーション及びメディアやコンテンツの制作などを手掛ける。クラフトビール会社「Hino Brewing」を日野の老舗酒屋六代目と日野在住ポーランド人ブラウマイスターと共同経営。

相談したら「できるよ」と背中を押されて

――おふたりは、いつどんな風に出会ったのですか?

江崎:2003、4年頃だったと思います。当時、私は認定NPO法人世界の子どもにワクチンを日本委員会(以下、JCV)の職員としてファンドレイジングに取り組んでいました。JCVはThink the Earthプロジェクト(一般社団法人シンク・ジ・アース)のパートナーだったので、その集まりで出会ったのだと思います。その頃のトムは「イメージソースのトムさん」だったよね?

トム:そうだね。1998年に、インターネットプロジェクト「センソリウム(Sensorium)」に参加して、そこでThink the Earthを立ち上げた上田壮一さんや西村佳哲さんたちと知り合いました。本当に錚々たるメンバーで、彼らは芸術活動を仕事にしていて、しかもお金をもらっているしすごいな、と。あのとき初めて「仕事って面白いのかも」と思ったんです。西村さんの存在はけっこうでかくて。イメージソースの伊藤幸治さんを紹介してくれたのも彼でした。

江崎:Think the Earthプロジェクトのなかに、寄付を受け付けるためのオンライン決済の仕組みがあり、パートナーにも提供していたんです。ところが、利用していた海外の決済システムが使えなくなってダメになっちゃった。JCVは、NTTの固定電話からかけると300円募金できる「ダイヤル募金」でかなり収入を得ていたのですが、携帯電話やIP電話の普及によって先細りが見込まれていました。あるとき、Think the Earthのメンバーに「ネット決済でオンライン募金するしくみはできないのかな?」と相談したら、「いやあ、できるよ」と言ってもらったんです。

トムっていつもそうなんですよ。「こういうことがやりたいんだよね」と聞くと「できるよ」って言ってくれる。

――江崎さんは、誰かに「できる」と言ってもらうことが必要ですか?

トム:たぶん、できるかどうかわかんないんですよ。「できる」と言われたら「じゃあやる」。「できない」と言われたら「じゃあ諦めよう」。本当にできないとわかったらやる必要はないからね。「できる」となったら、どうやって実現するかを考えて動くタイプだよね。

自然発生的にはじまった「BOKINChan」プロジェクト

――BOKINChanは、「これ、できないかな?」という問いかけから、自然発生的にプロジェクトがはじまったんですね。

トム:まさにそう。最初にその話が出てきたときのことは覚えていないけど、Think the Earth関連の集まりで2〜3回会った後だったんじゃないかな。頼むとかではなくて、江崎さんが「なんで、クレジットカードでオンライン募金できないんだろう」みたいなことを言って。

江崎:そうそう、たぶんそんな感じのことを言ったんだと思う。たぶん、他愛のない話をしていたときだったんだよね。

トム:他の人と一緒に話を聞きながら「できるんじゃない?」って言ったんです。JCVでは自分たちでいろんな事業をやっているし、僕らは、イメージソースでいろんな仕組みをつくっていたので、だいたいのものはつくれるとわかっていたからね。ただ、その後はいろんな現実が、ね。法律的な問題や金融関係の問題などいろんなハードルがあった。

江崎:カード会社やネット決済代行のベリトランス(現・DGファイナンシャルテクノロジー)に話を聞きに行って、寄付に対してものすごく厳しいことがわかってきて。一方で、たとえオンライン募金システムができたとしても、それをちゃんとPRして回す力がNPO側にない。運営も手伝わないと寄付は集まらないという話は、あのときすでにしていましたね。

トム: NPOの人たちにオンライン募金システムを使ってもらうには、手伝わないと無理だと気づいた江崎さんはすごいなと思っています。それに、江崎さんは良い意味でしつこい。カード会社や決済代行会社との交渉はすごく大変だったと思うけど、あきらめないんだよ。あと、つきあいのある団体の人たちのなかから、自分がやりたいことを手伝ってくれる人を見つけて引っ張り出すのが上手なんじゃないかな。

トムさんから引き継いだ神山サテライトオフィス

ソノリテの神山サテライトオフィス(元ブルーベアオフィス)

――ソノリテの神山サテライトオフィスにも、トムさんが関わっていたそうですね。初めて神山に行ったのは?

トム:2007年夏です。西村佳哲さんが、NPO法人グリーンバレーの大南信也さんに総務省の地域ICT利活用モデル構築事業について相談されて、「ねえねえ、こんな話が来たんだけど、一緒に神山に行かない?」と僕に電話をかけてきたんです。3日間滞在していろんな人に話を聞くと、人口が減って高齢化が進み、空き家が増えている、と。でも、神山にはきれいな農民家がたくさんある。ここで仕事もできるなら住みたい人はいるはずです。

そこで、僕らは「ここに住んで、こんな仕事をしませんか?」と空き家情報などを載せるWebサイト『イン神山』を提案して。その後は西村さんが中心になってWebを制作しました。ただ、企画はふたりでつくったので、僕は企画費として100万円くらいのお金をもらったんです。でも、東京に住んでいるのに神山でえらそうに「あなたの町はこうじゃないか」と言ってお金をもらったのは「なんだかね」という気持ちがあったんです。そこで空き家をひとつ借りて「ブルーベアオフィス」をつくり、映像作家の長岡参くんを送ったんです。あの100万円を返したかったんですね。IT系のイギリス人が空き家を借りてサテライトオフィスをつくり、映像作家が住み着いているというストーリーがいいじゃないですか。実際に、ブルーベアオフィスをきっかけにIT系の企業が神山町に集まるようになりました。

――そして、ソノリテがブルーベアオフィスを引き継いでサテライトオフィスに。

江崎:当時、ソノリテのコールセンターが築地にあったのですが、手狭だから大変だったんです。「やめたいなあ」とトムにこぼしたら、「神山にコールセンターをつくったら面白いんじゃない?」と言ってくれて。神山には、サテライトオフィスに必要なソフトウェアの導入・設定をしてくれる会社もあったし、ちょうど神山バレー・サテライト・コンプレックスの改修工事の話が出はじめたときでした。当初は、半年ぐらいブルーベアオフィスでお世話になって、コンプレックスが完成したらそこに移ろうと考えていたのですが、結局引っ越さずに今日に至っています。

「やさしいほうの世界へ」を共有できる人に恵まれてきた

――トムさんは、ソノリテのターニングポイントに関わってきた人なんですね。

江崎:20年前、NPOという存在はまだ知られていなくて、どこに行っても説明するのがすごく大変でした。今や、NPOはメディアにもたくさん出てくるし、ドラマでも扱われるようになりました。

トム:BOKINChanをつくりはじめた頃、NPOは「非営利団体だからお金の匂いがしてはいけない」という雰囲気だった。でも、自分たちがやろうとしている社会のための活動をするには、組織としてお金を集めないとダメじゃないですか。ずいぶん時間がかかったけど、NPOの成長に伴って“お金アレルギー”も変わってきていました。欧米では寄付金控除は当然のように行われてきたけれど、日本は比較的最近ですよね。2001年に認定NPOを対象とする寄付金控除がはじまり、その後法改正が行われ、東日本大震災でのNPOへの寄付に注目が集まるなどで、ずいぶんと認知が広がり、昔よりはましになったと思います。

江崎:困っているとき、やりたいことがあるときに相談すると、トムはちゃんと意図を理解して「こうすればできるよ」と後押ししてくれるんです。今日、あらためてトムと話しながら、「なんで、こんな風に話ができて、ちょっと先のことを一緒に考えられるんだろう?」と考えていました。きっと、たとえば「寄付などを通じて市民が社会に関わることが、『やさしいほうの世界』に近づくだろう」というベースの部分が通じるからなんだろうと思います。今まで、あえて言語化しなくても、なんとなくキャッチしてくれる人たちに恵まれてきたんだな、って。

トム:なるほどね。通じない人には通じないかもしれないな。

江崎:トムが考える「やさしいほうの世界」ってどんな感じなのかな?

トム:大前提としては、すごくシンプルに言えば相手の立場に立てるかどうかということがあると思う。たとえば、重い障害をもつ子どもがいる家族は、日常の苦労と同時に差別や偏見から子どもを守る責任を背負っています。こうした世の中で起きている一つひとつのことに対して、「自分はどうしたらいいんだ?」と問いをもつことから、「やさしいほうの世界」に向かうのではないかと思います。この世界では、誰もが難しい人生のなかで起きるできごとを乗り越えて死に向かっています。それぞれの強みと弱みを生かしつつ、誰もが何とか生きていけるようにするのが「やさしいほうの世界」であり豊かな社会だと思います。

江崎:やさしいほうの世界って、絶対これ、というものでもないし、もしかしたらやさしいほうだと思って進んでみたら違ってた、ってこともあるかもしれない。それでも、やさしいほうを目指したい、たとえ困難な坂道でも、やさしいほうだと信じて進みたい。そのために考えることをやめちゃいけないんだな、とトムと話していて改めて気が付きました。

――ありがとうございました!

*英国国家統計局(census2021, Office for National Statictics)