東日本大震災から13年 被災地訪問レポート (1回目)

春休みにソノリテにインターンに来てくれた大学生の畔蒜さんと西谷さんのレポートです。インターンの二人はこちらのブログもアップしています。      

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     → 社会福祉法人来島会×土谷享 「どんどこ!巨大紙相撲 南国場所」

 

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さる3月11日に、ソノリテの代表、江崎さんと私たち2人で福島県の視察に行ってきました。出来事や訪れた場所ごとに、2回に分けてレポートしていきたいと思います。

まず、わたしたちは福島県浜通りのいくつかの災害復興に関する施設を訪ね、そこで活動する方たちにお会いしました。1回目のレポートではそのことについて報告します。

ラッキー公園㏌なみえまち

 ふくしまの応援ポケモン ラッキーの巨大遊具が目印の公園。ラッキーのほかにもピンク色のポケモンをモチーフに公園遊具がいろいろ作られています。浪江町(なみえまち)がポケモンの生みの親、田尻智さんのお父様の出身地ということで深い結びつきがあるのだそうです。

 ラッキーの遊具はとても大きくて圧巻でした。お天気もよく子どもたちが元気に遊んでいる姿も見られました。遊具がきれいで、ちいさな子どものびのび遊びやすそうな公園でした。子どもたちが楽しそうに遊んでいて、微笑ましかったです。

道の駅なみえ

 浪江町の復興のシンボルとして、令和3年3月20日にグランドオープンした道の駅。
なみえの技・なりわい館と本館に分かれていてお土産ものがたくさんあるだけでなく「まちのパン屋さん ほのか」など地元の味を体感できる施設も充実。また、大堀相馬焼コーナーなどの伝統工芸品もあります。

 なみえ焼そばを始めとした名産品が並んだ活気のある施設で、見ているだけで楽しかったです! 桃・しらす・牛タン・唐辛子などの食材を使った商品がそれぞれならんでいて、沢山の種類の名産品があり飽きないのも魅力です。

ふたばいんふぉ

 双葉郡福島県浜通り地域にあり、広野町・楢葉町・富岡町・川内村・大熊町・双葉町・浪江町・葛尾村の8町村からなります。この地域はご存知の通り、東日本大震災で津波の被害にあい、原子力発電所の事故で大半が帰還困難区域・居住制限区域・避難指示解除準備区域に指定されました。

ふたばいんふぉ」は、福島県双葉郡富岡町(とみおかまち)に設けられた双葉郡の総合インフォメーションセンターで、双葉8町村の現状を共有し広く伝えるために開設されました。東日本大震災や双葉8町村ごとの資料を展示しています。情報誌も制作されていて、この3月で閉館することから現在のものが最終号になるとのことで、集大成ともいえる内容でした。展示は説明と共に写真が多くあり、地域ごとの様子などがみやすかったです。また、双葉郡で作られた食べ物やグッズなども沢山あり、地域の魅力が伝わってきてワクワクしました。

   ※ふたばいんふぉ は2024年3月30日をもって閉館しました。

ふたばいんふぉ 佐々木さん

 ふたばいんふぉにお勤めの佐々木さんに、お話をうかがいいました。

 佐々木さんは、震災後にいわきで11年間すごしていたときには浪江町出身ということを周りの人に隠していたそうです。現在は、ご夫婦とお子さん2人の4人で一緒に富岡町で暮らしていて、子育てが難しい部分もあるけれど、のびのびとした子育てができる環境ですごしている、とおっしゃっていました。また、「若い人たちにも想いを“つないで”いきたい」という言葉もおききしました。

 避難できるようにすることももちろん大切ですが、さらに避難先での生活のしやすさを考えることも必要なのだと感じました。経験を大切につなげていきたいという佐々木さんの意志を感じて、私もその想いをできる限り受け取り、同じような悲しみを繰り返さないために当時のことを知ろうと思いました。

みんなの交流館 ならはCANvas

福島県双葉郡楢葉町(ならはまち)にある「ならはCANvas」は商業施設「ここなら笑店街」や災害公営住宅や診療所、郵便局などが集約された町の中心部にある災害復興拠点、コンパクトタウンの中心にある交流施設です。

みんなの寄り道

3.11を迎えるにあたり開催されている「3.11特別企画展 みちのうえ」の中に「みんなの寄り道」という展示がありました。

 展示パンフレットには「みなさんの思い出の中に、震災だけでなく時代の変化に伴い、なくなっていった日常の風景や文化があると思います。楢葉町の大きな地図を準備して、子どもからお年寄りまで、みなさんの「寄り道」エピソードを集めて展示します。」とありました。

 付箋で地元の方たちが書いた当時の思い出を読んで、一見とるにたらないかもしれない日常のできごとが、なんだかあったかくて楽しかったんだなと思いました。おもちゃ屋さんじゃないお店の一角でおもちゃを沢山売っていたというような、地元の人だからこそ知っている情報がおもしろくて、印象的でした。そこにいる人や生活が少しみえてくるような展示でした。

NPO法人底上げ 日野さん

 楢葉町を中心に子どもたちの支援活動をしているNPO法人底上げのスタッフ、日野さんにお話をうかがいました。NPO法人底上げソノリテのクライアントでもあります。

 福島県浜通りは歴史的に石炭から始まるエネルギー産業が中心の地域であったこと。原発事故による全町避難により、学校がなくなり、習いごとの教室がなくなり、いろいろなものがなくなった影響で子どものいるご家族が戻りづらい状況があったことなど、歴史と現状についてうかがいました。また、インタビューでは普段の活動や、子どもたちに対する思いを話してくださいました。

 復興することは元通りにすることではなく、変わった状況に合わせてやっていかなくてはいけないことだとわかりました。子どもたちが過ごしやすい場づくりの動きがより広まって、子どもたちにとって福島が心の支えになるような故郷であるといいなと思いました。

3月11日に福島を訪問して ~畔蒜大貴

私は東日本大震災の当時はまだ子供であまり詳しいことは覚えていません。だから、福島は被災地であること、ニュースだけでなくどんなことが起きたのか見ておくべきだということ、それだけの感覚で訪問しました。実際に行ってみてそれは失礼な話だと感じました。ついこのあいだ、能登半島地震があり、その被害をリアルタイムで知っているのに、自分自身はどこか人ごとに考えていて、福島のことを知ろうともしていなかったことに行ってみて気づきました。

 現地の人は復興のために考えて行動している。だからこそ今回まわらせてもらった道の駅は活気がもどり、学校ができ、たくさんの施設もできたのだと感じました。

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続きは 東日本大震災から13年 被災地訪問レポート(2回目) 。Jヴィレッジで開催されたSONG OF THE EARTH 311-FUKUSHIMA2024-をレポートします。

ラッキー公園 in なみえまち  についてはこちら

ふたばいんふぉ 公式サイト はこちら ※2024年3月30日をもって閉館しました。

みんなの交流館 ならはCANvas 公式サイトはこちら

NPO法人 底上げ 公式サイトはこちら